Dentalism 26号
20/36

取材・文/丹羽麻理 撮影/宮本 進摂食・嚥下にまつわる課題に取り組み、「京都モデル」の礎を築いた立役者。――荒金先生が手がけたプロジェクトは多職種連携という粋を超えたスケールのように思いますが、そもそも口腔ケアに意識が向くようになったきっかけは何だったのでしょうか。荒金 看護師が悩んでいたことが最も大きいです。誤嚥性肺炎が増え、口腔ケアが必要だけれども、どうしたらいいか解らない。患者さんの体重が落ち、入れ歯が合わなくなると歯科の往診に来ていただくのですが、急性期病院は脱水が治ったら退院ですから、入れ歯の調整が終わる前に退院させられてしまう。医科歯科連携がうまく出来ていませんでした。課題が山積していて、それに対する試行錯誤が看護研究の形でいっぱい出ていました。事件が会議室で起きないのと同じぐらい、医療や介護にまつわる様々な問題もまた、会議室で解決されることはない。「山科口腔サポートセンター」や「京滋摂食・嚥下を考える会」を立ち上げた荒金英樹先生は、とにかく行動を起こしてきた人。志を同じくする仲間と悩みや時間を分かち合い、作戦を練り、まるでゲームを楽しむかのように課題に挑戦してきた。それは、医療や介護の現場が抱える問題を他人事ととらえず、何事も大らかに許容し、明るく向き合う柔軟性の賜物といえる。Special Interviewお医者さんの話を聞いてみよう!愛生会山科病院 消化器外科部長京滋摂食・嚥下を考える会 代表世話人荒金英樹Hideki Aragane そんな中、京都市南区を中心に先進的な活動をしていた「南口腔ケアセンター」では、歯科のプロが急性期病院に介入するようになり看護研究の必要性や悩みが無くなったと聞いていました。そこで、京都府歯科医師会、歯科衛生士会に働きかけ私の病院のある京都市山科区に「山科口腔サポートセンター」を設立していただきました。そこでうちの病院にも歯科の先生に来ていただき、プロの診方が入ったところ、看護師の意識も現場の雰囲気もがらりと変わりました。――医科歯科連携や「山科口腔サポートセンター」の設立において、課題や障害となるようなことはありませんでしたか?荒金 面白かったのは、みんながProle 荒金英樹(あらがね・ひでき)1992年京都府立医科大学卒業後、同大学第一外科へ入局。1993年済生会京都府病院外科、1996年京都府立医科大学第一外科を経て、2000年(一社)愛生会山科病院外科医長となる。2004年(一社)愛生会山科病院 消化器外科部長、現在に至る。 日本外科学会 認定医・専門医・指導医日本消化器外科学会 認定医・専門医・指導医 消化器がん外科治療認定医日本消化器病学会 専門医日本臨床腫瘍学会 暫定指導医日本がん治療認定医機構 暫定教育医・認定医日本緩和医療学会 暫定指導医日本静脈経腸栄養学会 認定医・指導医・代議員日本病態栄養学会 評議員 Dentalism 26 SPRING 2017 18

元のページ  ../index.html#20

このブックを見る