Dentalism 24号
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8しての使命感が全員にあったのでしょうね、18日(月)の午前9時には入院を含む全館での受け入れ体制を整えることができました。 避難所などは歯科医師会のチームが回っていましたので、僕たちは「ここを守ろう」と。熊本市と歯科医師会も緊急の受け入れ先として『伊東歯科口腔病院』を指定しました。被災により来院された方は1カ月半ほどの間に220名ほどいらっしゃいましたが、そういう意味では地域歯科診療支援病院として、少しは責任を果たせたかなと思います。 また今回、いろんな所からお見舞いを頂き、また支援物資も送って頂き本当に助かりました。いろんな救いの手が伸びる日本社会の底力を感じましたね。――伊東理事長は病院の運営のみならず診療も行っていますが、様々な役割をどのようにして兼務されているのでしょうか。伊東 臨床については専門の科でそれぞれの歯科医師が担当していますが、私は口腔外科が専門ですので、40年来行っている顎変形症の手術をはじめ、歯周外科治療やインプラントなどを担当することが多いです。昔は障害者歯科から訪問診療までしなくてはいけませんでしたが、今は専門スタッフが担当しています。もちろんGPとして総合的な歯科診療も行っています。 また、正職員と非常勤を含め200名近くの組織の長として、経営の指標を立て運営していくことも務めです。毎週火曜日に法人としての役員会を行っていますが、そこでは伊東隆三院長、井原功一郎副院長、伊東泰蔵分院長等と人事の問題、労務の問題、財務の問題などを協議し、チームで組織を見る体制を整えるようにしています。 その他には、医療水準や医療技術を高めるために、現在6つの学会の指定研修施設となり発表やシンポジウムへの参加、地域の中で様々な啓発活動などにも参加しています。いろんな学会や研究会、スタディグループのお世話役も務めてきました。70歳を迎えた頃にだいたいは引退しましたが今でも少しは残っています。しょっちゅう東京へ行かなければならず大変なこともありましたが、半分は楽しみでもありました。――歯科医院が、歯科病院になるということは、想像以上に大変なことだったのでしょうね。伊東 先代の代から数えて今年で77年目ですが、僕らからすると必然的にこのような形になったわけで、実は一つも無理をしていないのです。よく稀だとか言われますが、本当に自然発生的に今日のスタイルに辿り着きました。 日本には29の歯科大学が16の都道府県にありますが、それ以外の県には歯科大学がありません。ない県では気づいていないかもしれませんが、歯科大学の付属病院がないことによる患者さんの不利益、あるいは歯科医師の不利益を考えると、そこに大きな地域間格差が生じているのではないか、と思ったのです。 インプラントや矯正など、情報があって勉強しやすく取り入れやすいものは放っておいても誰でも勉強します。でも予防や障害者歯科や訪問歯科、有病者の治療などは、放置されやすい分野で、格差が出てきます。 救急にしても、今回のような震災がなくとも、普段から交通事故やスポーツ事故など、歯を損傷するシーンはいろいろとありますので、いつでもどこでもそれに対しては誰かが治療を担当してあげないといけないのです。ニーズがあっても需要になっていないということでしょうか?うっかりすると重症化するのです。ちゃんとした供給体制が整っていれば、もっと軽いうちに治療できるはずなんですけどね。――病院になる以前から有床の歯科医院だったのですね。伊東 1939年に父が『伊東歯科口腔科醫院』を開業したのですが、当時から「歯だけじゃないよ、口の中全体を診なきゃいけないよ」と、口癖のように言っていました。それで「歯科口腔科・醫院」を標榜2階には第1、第2総合診療科があり、24室ある診療室は全て個室となっている。診療室とスタッフの作業エリア、ストックエリアを分けることにより、動線が集約され働きやすく、医療安全の推進にも役立っている。震災後3日間は、1階ロビーや待合室を地域の方々の避難所として開放。断水により水の供給については熊本市水道局や自衛隊からの支援が頼みの綱となった。震災による大きなダメージは免れた伊東歯科口腔病院の外観。

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