Dentalism 23号
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9ケース① 一人は、脳梗塞によって左半側無視の状態にある80代の高齢の女性。看護師と患者の状態を共有しながら、口腔ケアの準備に取り掛かる。患者の上体を起こし座位姿勢に近い状態へと持っていく。拘縮して変形している身体に軽い微振動を送る了解が得られると、直径15㎝から30㎝程度小さなバランスボールを緩く膨らませ、後部に伸展している頸部に微振動を入れていく。いわゆる口腔ケアのためのポジショニング(姿勢)確保の第一歩である。 頸部が伸展し拘縮しているため顎も固く閉じ胸郭を圧迫している。これでは嚥下が上手くいくはずがない。バランスボールの空気を通して筋膜リリースを施行し、カチカチになった首や体幹をなるべく正中にしていく作業を行う。頸部が前屈位をとれるようになると、覚醒し、目がパッチリと見開き、患者の表情まで変わった。呼吸が楽になったことも関係している。 頸部伸展は食べることになかなか繋がらないが、舌と口腔に関係している僧帽筋と肩甲骨をリリースすることによって口腔周囲の筋群、特に舌に働きかけることができる。表情筋と口腔内から口腔周囲筋、オトガイの拘縮を揉みほぐし、口輪筋や舌に緩みを出していくことで、患者も口腔ケアを受け入れやすくなり、介護者のケアもしやすくなるのだ。そして口腔内を触診しつつ、保湿しながら、同時にストレッチを入れ、唾液分泌も促していく。患者の疲れを最小限に留めるため、複数の役割を果たすのだ。 その後、患者がお茶のゼリーを飲み込めるようになると、拡声聴診器で患者や他職種と共に嚥下音を聞き、飲み込み方なども見ながら、口腔周囲の筋全体、舌根の硬さや舌尖の動きまでを評価していく。「ふぁんふぁんブラシ」と保湿剤を駆使して口腔と咽頭を保湿し、咳反射を引き出すことで、舌全体が動きだす。次は、舌尖が下に降りているので、「ミニモアブラシ」のグローブ付で、舌と舌骨上筋群を刺激して舌の機能を改善していく。無反応に見えた患者からは声が出て嚥下音も変わってきた。黒岩先生のアセスメントを一言も聞きもらさぬよう、看護師はメモをとっていた。 今は義歯がまったく合わなくなったというものの義歯は食べる道具。このままだと廃用していってしまうので、ご家族とドクターとナースが希望すれば、口腔内で邪魔にならずフィットする義歯に修理できることと、その必要性を伝えた。ケース② もう一人は大腿骨骨折により入院した70代の高齢の女性。とにかく辛そうで声もしゃがれている。黒岩先生は患者を観察しながら姿勢と滑舌の悪さを補正してからのケアになることを伝える。看護師が2人で体制を整える。外側からでも乾燥していることがわかる上唇と口腔内。コンビを組む自院の歯科衛生士は、先生の指示の元、速やかに口腔の乾燥改善にとりかかる。口腔内は顆粒状の薬が舌背全体に張り付くほど乾燥している。「ふぁんふぁんブラシ」の毛先と舌に保湿剤を塗布して、舌が傷つかないように保湿しながら張り付いた顆粒状の薬を絡めて除去する。患者に声をかけながら、「う」と「い」の発音を交互に促すと、口腔機能が動きだし、言葉がはっきりしてきた。上唇や鼻の下の裏側は指に保湿剤をつけ保湿とマッサージを加え、口腔内全体と舌苔には「ふぁんふぁんブラシ」に保湿剤をたっぷりつけて対応する。そのうち、患者の声の出方が驚くほど変わり、口腔や咽頭が乾燥している状態での吸引がいかに辛いかを訴えることができるようになった。黒ずんでカラカラの砂漠のようだった舌が揉みほぐされ、潤いが戻ると色や質感までもがよくなってきた。 口腔内が潤うと、いよいよ咽頭の保湿へ。しばらくすると痰が絡むようになってきたため、咳反射を促し咽頭の汚れも除去。咳をするために奥に引いていた舌が前に出てきたため、舌尖挙上を目的とした舌打ちを誘導する。患者はさらに発声がしやすくなったためか、冗談を言えるほどまでになり病室も明るい雰囲気に。ほどなく咽頭に張り付いた膜状の唾液がはがれてきているのを察知した黒岩先生は、再び咳反射を促し「ふぁんふぁんブラシ」の毛先に粘着性の唾液をひっかけ除去した。口腔と咽頭(上・中・下咽頭)の乾燥が取れ、嚥下しやすい状態になったため、看護師が水を準備すると、「水が飲めてうれしい」と患者からは笑顔もこぼれた。しかし上下唇の口唇閉鎖がまだ少しゆるいので、嚥下する際に上下唇をしっかり閉じることを指導したところ、水を嚥下する聴診音も良好になった。 ここまでの所要時間20分以内。今朝まで、とろみをつけた水をスプーンで一口しか口にできていなかった脱水症状の患者の顔には、生気が戻り頬にはうっすら赤みまでさしていた。患者がコップ1杯の水を飲み干した瞬間、現場からは拍手がわき上がった。Prole 黒岩恭子(くろいわ・きょうこ)1944年和歌山県出身。日本女子衛生短期大学卒業。1970年神奈川歯科大学卒業。1975年茅ヶ崎市に村田歯科医院を開業。結婚後、黒岩姓となり現在に至る。著書は『なぜ「黒岩恭子の口腔ケア&口腔リハビリ」は食べられる口になるのか』など多数。口腔ケアに使用する歯ブラシ「くるリーナブラシ」シリーズの開発者でもある。■村田歯科医院神奈川県茅ケ崎市白浜町2-80467-87-2086注目の歯科医師インタビュー今回のラウンドは、地域包括ケアの拠点となっている病院の病棟。その日、黒岩先生は自院の歯科衛生士と共に、病院の看護師、栄養士、歯科衛生士らと共に、二人の患者に対して口腔ケアを行った。ラウンドの現場から

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