Dentalism No.16
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8にあった米軍キャンプの家族なんかに習ってある程度やっていましたが、フランス語は3カ月程度の付け焼刃ではぜんぜんダメでした。半年間はチンプンカンプンでしたね。でも、呼んでくれた教授が日本人に対して寛大だった。日本人は真面目だし言われたことはきちんとやるし、向こうもちゃんと仕事をする信頼できる人間は大事にしますよ。そのかわり言葉を覚えるためにスイス人しか住んでいない旧市街に住めと言われて、まったく日本人と会わない生活をさせられました。最初は天涯孤独という感じでしたが、言葉でつまずいて帰されてはいけないと必死でしたし、そのうち英語ができる友人と助けあったりして。研究とは、人がやっていないことを見いだすものであり、オリジナリティーが重要であるということをスイスで学びました。芸術の世界の話でいうと、ルノアールやゴッホなど印象派の画家たちの絵には、皆同じ明るさがあったけど、それぞれ独自のスタイルがあった。研究も同じで、同じ方を向いていても自分の色がする研究じゃないといけないということです。――奥様のドミニク夫人と出会われたのは、その頃ですか?石川 向こうでは、週末になるとホームパーティーに集うことが多かったのですが、そういう場で友人に紹介されたのがきっかけです。日本に帰るという時に、一緒に来るというので結婚式を挙げてきました。僕が29歳で妻が22歳だったかな。当時、スイスから日本に嫁ぐなんて、今の日本の感覚でいうとアフリカか中近東へ嫁ぐような感覚だったのではないでしょうか。でも、今では子ども3人、孫が7人、40年間以上経ちましたが何とかやってきました(笑) 私の研究人生のよき理解者ですよ。――その後も海外では、様々な出会いがあったようですね。石川 文部省の在外研究員制度に合格し、再びスイスへ2年間留学し、その後、大学で講師をしていた時のことです。1977年にモスクワでWHO(世界保健機構)の歯周病科学会議に、予防歯科の故・大西正男教授が招待されたのですが、歯周病は専門ではないからと私を行かせてくださったのです。私の上にも多くの優秀な先生がおられたのに、外国から帰ってきて語学もやれるから、と推してくださった。そこでロバート・J・ジェンコ教授など、世界のトップリーダーたちと一緒にCPI(地域歯周疾患指数)を作成するために、十数人で2週間、議論を重ねて仕上げました。その時の出会いにより、海外で研究する機会も得ました。また1999年にAAP(アメリカ歯周病学会)でまとめられた歯周疾患の分類にも日本人として企画委員に入れてもらいましたが、そのときに、いつもアメリカばかりで何でも決めてないで、もっといろんな国を入れたほうがいいんじゃないかと言ったところ、いいよ、じゃあ誰がいい? と言うんで韓国や中国、タイ、オーストラリアとかね、日本は村上伸也先生を推薦しました。――大きな仕事というのは、世界と繋がっていないと成し遂げられないということでしょうか。石川 突然急に行っても何ともなと考えたときに歯周病がいいんじゃないかと思ったわけです。でも実際に進んでみると、プラークコントロールやブラッシングのようなことばかりをやらされて失望した時期もありました。そんな頃、新潟大学の病理学からこられた教授の影響もあって歯肉の組織培養をやるようになりました。――スイスのジュネーブ大学へ留学したのはその頃ですか。石川 大学院の3年のとき、助手のポジションがあるという話があり、大学が行かせてくれるというので手を挙げたのですが、向こうではフランス語で講義をする必要があったので、誰も手を挙げなかった。それで4年のときに休学して僕が行かせてもらうことに(笑)英語は当時、代々木公園の場所す。本来はもっと小さな環境でも培養は可能なのですが、厚生労働省を説得するためには向こうの土俵で勝負して認めてもらわなくてはならない。先端生命医科学研究所では、心臓や食道、肝臓など、医科のグループと一緒にやっているから何とかやっていけますが、歯学部単体ではCPCを維持するのはなかなか大きな負担で、研究が続けられないという話も聞きます。今は国の基準と要望を乗り越え、早く臨床に応用し実用化できるように、もっと簡素化して使えるようにしないと。いかに簡単にできるようにするかが課題ですが、今、全自動培養装置が作られているところですよ。――歯周病といえば今でこそ国民病としての認知も高いですが、先生が歯周病研究に進まれたきっかけは何だったのでしょうか。石川 もともと生物学が好きだったということもありますが、当時の歯科の学問体系に物足りなさを感じていたのかも知れません。原因探索より治療方法ばかりを学ぶようなところがあって、私は歯の模型を作ったりするのは得意じゃなかった(笑) もっと病因に基づいた研究ができるのは何かこの10月に授賞式を終えたばかりのアメリカ歯周病学会(AAP)名誉会員賞。「細胞シート」を培養する、先端生命医科学研究所内にあるCPC(セルプロセッシングセンター)の入り口で解説してくださる石川先生。細胞の培養については、いずれもっと簡素化したシステムが開発、導入されるだろうと語る。

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