Dentalism No14
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51815年、フランスの港町で難破船を曳行する数百の囚人たち。容赦ない波に打たれながら『下を見ろ!下を見ろ!』と歌う男たちの重い歌声が響く。そしてクローズアップされる一人の男。丸刈りの頭は尖り、痩せこけた頬は髯に覆われ、怒りと憎しみがこびりついた双眸がギラギラと光る。貧しさ故に、たった一本のパンを盗んで19年の長きを獄舎につながれた男、ジャン・バルジャンを演じるのはヒュー・ジャックマン。「Xメン」でストイックなヒーローを演じ、「ニューヨークの恋人」では甘い貴公子を演じた彼の、あまりの変貌ぶり、鬼の形相に度肝を抜かれるオープニングだ。フランスの文豪ビクトル・ユゴーが150年も前に書いた小説「レ・ミゼラブル」は何度も映画化されたが、2012年製作の作品は、ブロードウェイで大ヒットしたミュージカルの映画化。全ての台詞が歌で、俳優自身が実際に歌っている。主演のヒュー・ジャックマンはもちろん、共演のラッセル・クロウやアン・ハサウェイ、端役に至るまで、素晴らしい歌唱力で「天は二物を与えず」は、持たざる者への慰め言葉だった…と気づく。 ストーリーはご存知のとおり。一夜の宿と食事を与えてくれた教会から銀の食器を盗んだジャンを許し、『正しく生きよ』と、燭台までもくれた司教の慈悲にふれ、その後を善に生きたジャンの一生を、壮大なスケールで描く。MISERABLEとは、惨めなとか、哀れなという意味だそうだが、最も悲惨なのはファンティーヌだ。8年後、モントルイユの市長となったジャンの工場で働くファンティーヌ。若く美しい彼女に工場長は色目を使い、仲間の嫉妬をかった彼女は宿屋に預けていた娘の存在を暴露され、必死の懇願も空しく工場をクビになってしまう。仕送りをしなければ病気の娘コゼットは死んでしまう! 怪しい夜の町で、大切なペンダントを売って4フラン。それではとても足りず、長く美しい髪を10フランで売って、ジョリジョリとハサミで刈られた頭は無惨な散切りに。続いて『歯を20フランで買うよ。物は噛めるさ』と云う男に、意地悪な街娼が『奥歯にしな』と囁いて、たちまちファンティーヌは押さえつけられて、大きなカナテコで生きた歯を抜かれるのである。激痛と惨めさにうずくまる彼女に、娼婦たちはお為ごかしの言葉をかけ、こうしてファンティーヌは野天で身を売る娼婦に堕ちてゆくのだ。それなのに、彼女が命がけで守ろうとした娘コゼットは、病気どころか、盗人宿の主人に雑巾のようにこき使われていたなんて。「何があっても撮り続けて」と命じて、自毛を切る本番に臨んだというアン・ハサウェイの体当たりの演技と、「夢やぶれて」の歌唱に涙があふれる。アカデミー賞・助演女優賞受賞も納得だ!執念深くジャンを追うジャベール自身も監獄で生まれたという独白、美しく成長したコゼットと盗人宿の娘エポニーヌが同じ青年マリウスを愛してしまうという巡り合わせ。革命の旗を掲げた学生たちの死など、人の世の悲しさや無慈悲を描きながらも、ラストの「民衆の歌」の力強さと明るさに励まされる。そして、最期のジャンを天国から迎えに来たファンティーヌに、ちゃんと歯が有ったことに心からほっとした。天国でも歯無しだなんて悲しすぎるもの…それにしても、当時すでにカツラはあったらしいが、歯は誰にどう使ったのだろう。差し歯に?入れ歯に? 買う人がいるってことは需要があったわけで、歯学の歴史ってすごい!ヒュー・ジャックマンにもアカデミー賞あげたかったなぁ…文/桂木良子歯科医は映画がお好き?「レ・ミゼラブル」‘12英 トム・フーパー監督 ヒュー・ジャックマン アン・ハサウェイイラスト/楮本恭子桂木良子/東京都出身。著書には、読んで美味しい映画のお話『シネマレストラン』がある。趣味は映画とスペイン語。コーヒーと犬が好き。あゝ…無情!

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