Dentalism No.13
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8空港や駅、ホテルや研修会場、夜の宴会場ぐらいしかわからないのはもったいないでしょう(笑)岐阜のスタディーなんかは、彼らの有志が、朝一緒にウォーキングするんですよ。歩きながら駄話をするだけですが、お金がかからない研修みたいなもんです。――小嶋先生を中心とした学びの場は、いくつもあると伺いました。小嶋 スタディーグループは毎月あるもの、一年に10回あるもの、年に数回のものなど、大小11個あって、講演会などの予定も入っているので、休みは正月とゴールデンウィークぐらいですね。夏のお盆の休みもない。以前、「お盆なら空いているけど」と言ったら、そこに勉強会が入っちゃって、もう10年以上お盆も休みなし。12月30日も空いてるけど、さすがにそこは誰も押さえてこないなぁ(笑)――より良い技術提供のためには、いい道具も必要だということを提唱されていますが、例えばユニットなどは、どうやって選ばれたのでしょう。小嶋 28年前に開業するときは、できるだけシンプルな道具で仕事をしようと考えていました。エアーを使った配管しかないアメリカのエーデック(a-dec)のオールエアシステムがいいかなと思って、自分の中では九分九厘エーデックに決めていたんです。でも、それを見に行った帰りに少し時間があったので、カボ(KaVo)のショールームに立ち寄ったところ「REGIE 1050」に魅せられてしまって。形が重厚で色使いも良くて、実際3人で運ばないと運べないほど、重いユニットでしたけどね(笑)でも使ってみてから改めて感じたモノの良さというものが、かなりありました。ドイツに見学に行ってノウハウを教えてもらい、後からわかったことも随分ありますが…。見ているだけだとわかりにくいけど、例えば、うがいをする水一つをとっても、生温いものが出てくるとかね。技術者のためにも、患者さんのためにも、すごく考えられていました。ユニットを買い換えればお金もかかることだし、CTやマイクロスコープなどを含めると、今は2回ぐらい開業するほどお金がかかって大変ですけど、道具が変わるとモノの見え方も違うし、考え方も変わってきますからね。使わないわけにはいかない。つい夢中になって時間を忘れてしまうので気をつけないといけませんが。――咬合や歯内療法、時には道具について、幅広く講演されていらっしゃいますが、根底にあるメッセージやテーマは何でしょうか。の納富先生ぐらいでしたかね。兄は納富先生のところの一期生ですが、学生の私は、さすがに一年間のコースなどには行けなかったので、4年、5年の頃は土日に開催される単発のコースなどに参加していました。おかげで卒業時には、かなり洗脳された状態で、村岡先生のところにごやっかいになることに(笑)村岡先生も東京でいくつかスタディーグループを持っていて、自院でするもの、有志の先生の医院でするものなど、いろいろありましたが、興に乗ると時間を忘れて、気が付くと夜中の12時を過ぎていて終電がないなんてこともよくありました。振り返ってみると、学生時代から、ずっと土日がないですね。――休みなく働き、人に教え続けるために、体力を維持するのも大変そうですね。小嶋 10年に一度ぐらい風邪をひいて声が出なくなることがありますが、基本的には元気。通勤でもかなり歩きますしね。階段は一段飛ばしで上がったり下がったり。あ、地方巡業(講演)に行くと、朝は、必ずウォーキングします。だって、どんな観光地へ行っても、――卒業後は村岡博先生のところで勤務されていますが、どういったご縁があったのでしょうか?小嶋 兄の親友が歯科技工士として、たまたま村岡博先生のところにやっかいになっていて、技工の宿題が出たりすると兄は親友を頼って、その当時、高名な先生だとは知らずに村岡先生のところへ行っていたようです。そのうち「卒業したら面倒見てやるからうちに来い」と言われ、兄がごやっかいになることに。そういうご縁もあって、私も学生時代から影響を受けていました。――では学生時代から、貪欲に学ぶ機会を得ていらっしゃった?小嶋 当時は、今のようにお金を出して参加する講習会や研修会というのは少なくて、外に向けて一般募集してやっていたのは霞が関輝かしい経歴や、歴史の積み重ねを感じることができる院内の様子。場所は銀座通り口交差点の角地ビルの4階。メダリストのパレードはスタートからすべて自院の窓から見物できたという。医療レンズはツァイス、カメラレンズはニコンという小嶋壽先生。マニュアルでぴたりとピンとをあわせ、患者さんの口腔内を撮りつづけているカメラは古き良き相棒。

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