Dentalism No.12
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5無人島に一つだけ持って行くとしたら何を? 答えはいろいろありそうだけど、無人島に行く前に歯医者にだけは行っておこう、と思わせてくれる映画がこちら。宅配会社に勤めるチャックは「時は金なり」が信条の仕事人間。イブの夜も、虫歯の治療と恋人ケリーへのプロポーズをお預けにして、贈られた懐中時計を手に、自社の貨物機で南米に向うのですが、嵐に遭って墜落。荒れ狂う海に投げ出され、気がつくとどこかの砂浜に打ち上げられていました。助かった、と思ったのも束の間。そこは動物さえも住まぬ、岩だらけの小さな無人島だったのです。呼べど叫べど救けは来ず、チャックの壮絶なサバイバル生活が始まりました。まずは裸足の足を守るためにパイロットの遺体から靴と懐中電灯をいただき、水溜りのある洞窟を住まいと決めました。漂着した宅配荷物を集め、ドレスのパニエは網にして小魚を捕らえ、スケート靴の刃でココナツの実を割り、小枝を削って小さな蟹を捕まえました。しかし、心の灯りでもあった懐中電灯は、やがて電池が切れ、死者が眸を閉じるように消えてゆきました。この島で生き抜くためには火を熾こさなくては! 手の皮が破れるまで薪をこすり続けても火は点かず、思わず投げつけたバレーボールにくっきりと残った血の跡は、まるでユーモラスな顔のよう。「マッチ持ってないよね?」チャックは思わず話しかけ、ウィルソンと名付けられたボールは、チャックのただ一人の友達となりました。何日もかかってようやく火を手に入れ、蟹や魚を焼いて食べられるようになったものの、虫歯の痛みは増すばかり。意を決して虫歯にスケート靴の刃を当て、一、二の三で石で叩けば、血飛沫あげて虫歯は飛び、チャックは失神。 島での過酷な生活を4年も生き抜いて、髪も髯も伸び放題。すっかり痩せて精悍に変貌したチャックは、島から脱出するチャンスは風の弱まる4月しかないと悟り、木を伐り、皮を剥いで縄を編み、筏作りに力を注ぐのでした。  そして迎えたその日。全力で筏を漕ぎ、押し戻す大波を必死で超えて、ついに外洋に出ることに成功したチャックは、万感の思いを込めて島を振り返るのでした。照りつける太陽に焼かれ、鯨に出会い、風雨に打たれ、何日も漂流するうちに、ぼろぼろになった筏からウィルソンは海に落ち、流されてゆきました。必死で名を呼ぶチャック。唯一の友を失ったチャックの悲しみが胸に迫って、涙があふれるシーンでありました。精魂尽き果てた時、チャックはようやく通りかかった大型船に救助され、夢にまで見た故郷へ、ケリーの基へ帰ってきました。しかし、ケリーは既に結婚して子供を持つ母になっていました。チャックは島での自分を支えてくれた、あの懐中時計を渡し、雨の中をそっと去ってゆくのでした。傲慢な男を一変させた過酷な無人島生活。25㎏も体重を減らしてチャックを演じたトム・ハンクスが見事でした。それにしても、虫歯を放っておいたチャックの報いは痛かった。おまけに、ケリーの結婚相手が歯科医だったなんて。文/桂木良子歯科医は映画がお好き?「キャスト・アウエイ」2000年米映画 ロバート・ゼメキス監督 トム・ハンクス ヘレン・ハントイラスト/楮本恭子桂木良子/東京都出身。著書には、読んで美味しい映画のお話『シネマレストラン』がある。趣味は映画とスペイン語。コーヒーと犬が好き。無人島に行く前に、歯医者に行こう!

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