Dentalism No.8
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わなかったけれど、一生懸命ご自分で努力して習得してきた先生方ですよ。立派です。 一方で、大学時代の授業だけで今までやってきている先生の中には「あんまり歯周病学を広めてもらっちゃ困る」なんて言う人もいました。患者が歯周病とは何かを知っても自分たちは歯周病の治療に自信がないからです。新しい知識を持った患者から突きあげがくるのが困るわけです。 でも、歯の治療というのは歯医者のためにやるのではなく患者さんのためのものなんです。それが正義ですよ。――それで、海外へ歯周病学を学びに出たわけですね。イエテボリ大学では全世界で岡本先生が初の留学生だったそうですね。岡本 イエテボリ大学に歯学部ができたのが1967年で、僕が行ったのが73年ですからね。最初はロンドン大学イーストマン病院歯周病学教室へ行きました。理由は授業料が安かったから(笑) でも、そこでイエテボリ大学のリンデ教授やニーマン教授の評判があまりにも高かったので、1年後にはスウェーデンに行きました。リンデ教授は当時37歳。歯学部の歯周病学講座の中で一番若い先生が教授でした。リンデ教授とニーマン教授の二人は、患者さんへの治療、臨床を研究の軸にして、大学で世界の最先端の研究をされていました。当時築いた信頼関係によって、その後、日本からの留学生のほとんどは、僕が紹介しています。――先生は大学教授を退官されるまでひたすら後人の指導にあたってきたわけですが、開業しようとは思わなかったのですか。岡本 日本に帰ってきて日本歯科大に4年くらい勤務して、歯周病学講座の土台を作ったら開業しようと思って六本木にアパートを借りていました。大使館も多かったですし、きっと裕福な患者さんがいっぱいくるだろうと思って(笑) でも教えるのが楽しくなってきて、開業はいつでもできると思っているうちに現在まできてしまいました。結果としては、私を通してたくさんの学生が歯周病学を学んでくれてよかったと思っています。長いこと講師や助教授、教授をやってきて、68歳で辞めて、70歳にしていよいよ開業です! ――『TOKYO歯周治療センター』では、やはり歯周治療を専門に行うのでしょうか。岡本 そうですね。歯周病を中心とした治療です。保険診療はやらずに、一般の歯科医院では治療しきれないような、そういう患者さんを紹介していただけたらと思っています。どうしても自分の歯を残したいと希望する患者さんにお答えするために開業したのですから。学生に教え、講演でもやってきたことを、やっと実践できる時期にきました。――歯周病というとインプラントとの関係も深いと思うのですが。何か危惧されることは?岡本 講演などでもスウェーデンの歯周病学とアメリカの歯周病学との違いを教えることがあるのですが、一般論としてアメリカでは骨が少なくなると抜歯の適応ということになり抜くけれど、スウェーデンは残せるものは残します。さっさと歯を抜いてインプラントを入れるということはない。アメリカの歯周病学会へ行って失望したことは、歯周病ではなくインプラントの学会のようだったこと。 でも、インプラント会社や種類は一つじゃない。イタリアだけで200種類、日本でも20~30種類はあると思います。安いものもあれば、臨床研究に十分投資したために高いものもある。先生の技術も様々です。患者さんはインプラ歯科衛生士のためのプロフェッショナルマニュアル「歯科衛生士臨床のすべて」改訂版がエルバから発売。組織解剖学、歯周病学、臨床カリオロジー、インプラント治療について歯科衛生士臨床の理論と臨床を心理学の側面から網羅した内容は、患者さんの理解度を高めるとともに成功率の飛躍的アップ間違いなしとの評判。Antonella Tani Botticelli 著 岡本 浩・竹内 泰子 監修

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